「好きなことを仕事にする」の難しさと言い訳
「好きなことを仕事にする」という言葉に対し、どこか青臭く、気恥ずかしいと感じる人は少なくありません。それは、仕事とは嫌いなことや苦手なことでもやらなければならない、という固定観念が根強くあるからでしょう。しかし、その考え方は、結婚について「一番好きな人ではなく、二番目に好きな人と結ばれるのが幸せ」という都市伝説に似ているように思えます。どちらも、本当に望むものを選ばない理由を正当化しているように感じるのです。
好きだけでは仕事は続かない?でも、それでも隠すのはもったいない
たとえ好きな仕事に就いたとしても、好きという感情だけで仕事を続けられるわけではありません。責任や困難がつきものの仕事では、楽しさだけを追求するのは現実的ではないでしょう。しかし、好きなことを隠しながら仕事をするのはやはりもったいない。今の時代、むしろ好きなことを堂々と公言する人の方が強く、魅力的であると感じる場面が多くなっています。
推し活がもたらした文化的進化
ここ数年で注目を集めている「推し活」という言葉も、こうした「好き」を大切にする価値観が広がった結果ではないでしょうか。昔からアイドルやアーティストを応援する文化は存在していましたが、それを「熱狂的すぎる」「子どもっぽい」とネガティブに捉えられることが少なくありませんでした。しかし、「推し活」というポジティブな言葉が生まれたことで、この行動が堂々と認められ、市民権を得るようになりました。それがビジネスにも発展したことは、新たな時代の流れを感じさせます。
思春期の壁と大人の視点
一方で、私の子どもたちは現在思春期の真っ最中です。そのせいか、何かに熱中することを「カッコ悪い」「恥ずかしい」と思っているようです。確かに、今までそうでなかった人が突然キャラを変えて熱中する姿に抵抗を覚える気持ちは分かります。しかし、大人になり、特におじさん世代になると、そういった熱意を持つ姿がむしろ素敵でカッコよく見えるものです。いずれ彼らにもこの感覚が伝わるといいな、と願っています。
好きなことを追い求める大人の強さ
社会に出て一周回ると、無邪気に「好き」を追求し続ける大人こそが、最も強い存在であることに気づきます。その情熱は、多くの人の心を動かし、周囲を巻き込むエネルギーを持っています。「推し活」という文化も、そうした情熱をポジティブに捉えた結果、誕生したのではないでしょうか。
「好き」を解放することで広がる可能性
人は昔から「好き」という感情を大切にしてきましたが、それを恥ずかしいと思ったり、周囲の目を気にして隠したりする傾向がありました。しかし、その抑えられた感情が解放されることで、新しい潮流や価値観が生まれる可能性があります。好きなものを素直に好きと言える世界は、私たちの社会をより豊かで自由にしてくれるはずです。
子どもたちへの願い
私自身、子どもたちがいつか好きなことを見つけ、それを職業にできたらと願っています。そのときは、「青臭いおじさん」と思われても、全力で応援したいと思います。好きなことを大切にし、恥じることなく追い求める姿を、親として心から誇りに思いたいのです。
ではまた会いましょう。